ピンと張った弓を、ギリギリギリという音と共に引く。

「シュッ」と放たれるその矢は的の真ん中を見事に貫く。

 

真剣な表情のゼン

さっきから、ゆっくりと大きく弓を引いて、何度も何度も練習している。

 

その横で並んで矢を射るのはルカ。

ちょっと不適な笑みを浮かべるようなしぐさをしながら、次に射る矢の羽をそっとさわる。

すっと選んだ一本をキリっとした姿勢で構えて "射る"。

 

その矢はゼンと同様に的の真ん中を「ビンッ」と音を立てて貫く。

 

 

 

「あ、ルカも真ん中だったよ!」

ちょっと嬉しそうにカリンが叫ぶ。

「しっ。静かにしてないとみつかっちゃうよ。」

慌ててスミレが注意する。

「だって。」

「だってでも駄目だよ。静かにしてないと。」

こっそり壁の隙間から覗き見。

 

 

もうすぐ2月14日。

この日は神さまに選ばれた天使だけ、弓を射る事を許される日。

地上に住む人間を幸せにしたりできるらしい。

 

ゼンもルカも選ばれた。

 

選ばれたのはすごく誇らしいけれど、そのせいで、二人とも今週はずっと練習で。

そこで、スミレとカリンは二人だけで様子を見に来た。

 

子供は万が一の事があっては危ないから大人と一緒にしか来ちゃいけないって言われているけど、

この間、先生と一緒に来たし、もう慣れてるし大丈夫。

ただ、ゼンとルカに見つからないように、そっと壁の隙間から覗いてる。

 

「もっと見たいけどさ、もうそろそろおやつの時間だから戻ろう。」

「そうだね。」

 

二人はそーーっとその場を後にする。

 

「ルカ。」

「ああ。」

「やっと去ってった。」

「ああ。」

 

ルカ、かなり怒ってるな。普段はせめて単語で返事するくせに、『ああ』しか言わない。

 

「そんな冷や冷やしてるくせに、よく射れるな。」

「それとこれとは別。弓を射る時は精神統一。ゼンだって一緒だろ?」

「まあな。」

色男も形無しだな、ルカ。

やれやれという表情で弓と矢をしまう。

「俺も今日はこれであがるわ。もう神経磨り減った。」

「そうだな。たっぷりと泣いてもらわないといけない子供の世話もしなきゃけいないしな。」

「ああ。」

今度は俺が『ああ』と返事をする番。

 

 

 

 

 

―ゼンとスミレ−

 

「おやすみなさい。ゼン」

「スミレ、ちょっと待ちなさい。」

「なああに?もう’青の雲’のお部屋に行かなきゃいけないのに」

ちょっと大人びた表情をして見せる。

完全に言いつけを守ってるのは自分だといわんばかりの得意げな表情だな。

 

「今日、何で道場に来てた?」

自分から言う気がないのなら、もう時間も時間だから、直球勝負だ。

「スミレ行ってないよ。」

「戸板の隙間からカリンと覗いていたの見えたんだがな。」

「え。」

 

「さーて。嘘ついて、言いつけ守らなくって、正直じゃなかったスミレは今すぐゼンの膝の上に来なさい。」

 

「あのね。」

「言い訳はいい。」

 

・・・スミレ、だって、ゼンのかっこいい所、見たかったんだもん・・・

・・・それに誰よりもゼンが一番かっこいいんだもん。ルカよりも・・・

 

「子供だけで来ちゃいけないって言ってあっただろ?」

パチーン

パチーン 

寝る前だ。少し穏便にしてやりたい所だが、今日のはとても大目になんてみれない。

「いたーい」

「いたーい」

パチン パチン パチン パチン

「ゼン。ごめんなさい。」

パチン パチン

「お尻痛いよ。」

「今日のスミレは非常に悪い子だったからね。」

「まだ終わらないよ。」

パチン パチン パチン

「ゼンが見たかったんだもん。」

パチン

「言いつけ守らなかった理由にはならない。」

パチン パチン

 

厳しすぎるか?

でももし仮に矢がと思ったらココで厳しくしておく必要がある。

今日は後ろでそっと見ていたからよかったものの、

あれが矢の方向だったらと思うとぞっとする。

 

「もうしないと約束できるか?」

パチン パチン

「する〜。」

その答えを聞いて、手を止めてやる。

そっと泣きはらしたスミレを膝から下ろす。

「約束だ。げんまん。」

指と指をからめる。

「スミレの事大事だからね。」

「スミレもゼンのこと大事だよ。」

 

「あはは。」「一本取られたか。」

 

「なんで?」

「黙って子供だけで二度と来たらいけないぞ。」

「わかった。」

「仕事じゃまするのも駄目。いいね?」

「はい。」

 

「よし。じゃあ、青の雲の部屋に行きなさい。」

「ゼンも一緒についてきて。」

 

お仕置きした後、スミレが甘えてくる。俺が本当にもう怒っていないか彼女なりの確認の仕方なのだろう。いつもは一人でいかせるが、今日は特別だ。

「手をつないでいくか。」

「うん」

パフっと柔らかい金髪をなでる。

 

 

 

 

 

 

―ルカとカリン−

「なんだ?さっきから?なんかついてるか?」

 

「うううん。なんでもない。」

ルカのこと見ちゃう。大きな羽でゆっくり弓を射るあの姿。

いつもルカのこと大好きだけど、今日のルカは別の人みたいで、だから今ここにいるルカがいつものルカかどうか、知りたくって、じっと見てしまう。

 

もっともカリン本人は自分の心のうちを分析できないので、何故こんなにじっと見てしまうかわからないけど、いつの間にかルカを見てしまってる。

スミレはこの間先生と見たって言ってたけど、私は今日が始めて。

最初は「駄目だよ。やめようよ」と尻込みしていたのに、「ゼンがかっこいいんだよ。」

「誰にも負けないんだから」といわれて、ルカの方が上手いに違いない所をスミレに分かってもらうためにも一緒に行く事にしたのだった。

 

その姿は、初めてみるルカの姿だった。

部屋では矢の手入れをしている時は「あっちへいきなさい」と言って見せてくれないし。まして、弓矢を触らせてもらうなんてもってのほか。

 

「言いたい事があるなら、言っておいたほうがいいぞ。」

 

いささか含みのある言葉をかけると、カリンは固まる。

「大人の天使はなーんでも知ってるんだ。」

「悪い事して正直にいえなかった子供天使がどうなるかカリンは知ってるか?」

 

どうしていいかわからなくって、何も言わずに部屋から出て行こうとしたら、ルカに手首をつかまれちゃった。

「話は終わってない。」

そういってルカがしゃがみこんで目と目があう。

 

「『ごめんなさい。』ほれ、言ってみな。」

「ルカ。」

泣きべそ。

「ごめんなさい。」

「なんで『ごめんなさい』なんだ?」

「ルカがしちゃいけないって言った事しちゃったのー。」

それだけ言うと泣き出した。

基本は素直だからな。カリンは。そして、ちょっと引っ込み思案な所がある。それなのに、悪さ仕出かしてると分かってて見に来るなんて。何があったんだ?

「なんで道場に来たんだ?」

「知ってたの?ルカ?」

「知ってたよ。」

「ルカがね。カッコイイって言いたかったの。」

????

「俺は別にかっこよくなくっていいんだが。」

「駄目。だって。ゼンがカッコイイってカリンが言ったの。だから、ルカもカッコイイの。」

???

「そういうことは張り合うもんじゃないぞ。」

 

返事なしか。ちと難しかったか。

ひとまずお仕置きだな。

 

「カリンは言いつけを守れなかったんだからお仕置きだぞ。」

 

「はい。」

 

「どうして見に来たのか、良く理由がわからないが、見たかったらまず俺に聞け。」

「だって、ルカ駄目っていうでしょ?」

「言うよ。」

「駄目と言われたら、しなければいい。」

「いいかどうか、分からないから黙ってきちゃうなんて言うのは一番いけないぞ。」

 

よくわからないけど、ルカが怒ってる。

ひっく。ひっく。

「ルカが怒ってるー」

わーん

 

「泣かない。まだ話終わってない。」

「はい。」

懸命に涙を堪えて。ちょっとココで許してしまいそうだ。でも心を鬼にして。

「さ、膝の上に来なさい。」

「悪い子は痛い思いをする決まりだ。」

 

「へ・ん・じ・」

「聞こえないな」

 

カリンの性格じゃ、返事が出来るわけない。そっと両脇の下から抱えて抱き上げ膝の上に乗せる。

 

パンツを下ろし、ぎゅっと全身に力の入っているカリンの背後から

パチン パチン と手を振り下ろす。

ひっく。ひっく。涙を堪えているのか?

 

パチン パチン パチン パチン

パチン パチン パチン パチン

 

「さ、もういい。」

「子供が来て、みんなの集中力が切れると困るからね。今度特別な時に一度だけみせてやる。」

つい、そんな約束をしてしまう俺って、甘いのか?

 

「ほんと?」

ちょっとさぐるような、怯えた感じで聞かれたら、『女殺し』とゼンによくから冷やかされるいつもの笑顔をみせてしまうじゃないか。俺自身は全く意識してないんだが、どうやらそうらしい。

 

「約束だ。」

「ルカ。すき。ルカが一番かっこよかったよ。」

 

首にしっかと抱きついてくる。

 

だから、それは分かったって・・・。

「外でそんな事いうなよ。」

「どうして?」

「どうしても。」

 

やれやれ、『どうしてだ?』こんなの説明できるかっていうんだ。子供の質問は時に答えに窮する。

 

 

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