高校を卒業したら、よっぽど出来る子は国立大学に進むけど、こんな田舎の小さな町では、お嫁に行くか、はたまた、地方都市に強力なコネで就職するか。それくらいしか選択肢は無い。そんな中、「東京」に憧れてやまなかった私は、何が何でも東京に行きたいと思っていた。一度きりの人生。いっときで良いから若いときに東京で暮らしてみたい。そして、何かを学びたいとずっと願っていた。

 

一人娘をそんな所には出せないという両親と祖父母を説得してくれたのは、お兄ちゃん。何も知らない箱入り娘だけど、自分で興味のある事を見つけようとする力の芽を摘み取ってはいけないと。そういって説得してくれた。そして、こっそりとではあったがもう一人味方がいた。実は誰よりも心から、お母さんが応援してくれていた。お母さんはこの町しか知らない。でも小さいときから、千絵が好奇心旺盛なのは言い事だって。いつも言ってくれていた、前向きな人。

 

やっと一家の了承とりつけた後、問題は東京行って何をするかだった。勉強はしたかったけど、仕送りは期待できないし、お金を貯めようにも働き口が簡単に見つかるわけじゃない。どうしようと思いながらもある意味楽観的に数ヶ月が過ぎる頃、兄の友人の知り合いが会社経営していて、そこで働くなら紹介してくれるという話がもちあがった。渡りに船。もちろん、一も二もなく飛びついた。

 

荷物は送ってもらう事にしていたから、ボストンバック一つで、新幹線に乗って、東京駅のなんだか蟻の巣の中のように人がうごめく中をどうにかかきわけ、やっと青山に着いた。

どうやって自分がこの恐ろしい人ごみの中を潜り抜けたのか、自分でもわからないけれど、ドロドロに疲れてやっと事務所にたどり着いたときには、お昼頃という約束だったにもかかわらず、お三時の時間になっていた。

 

「喜多見です。杉山さんいらっしゃいますか?」

入り口で小さな声で近くにいた人に声をかける。

「あら。心配していたのよ。来ないから。」

あっけらかんと大声でニッコリ笑ったその人は雑誌から抜け出してきたかのような服装。それに比べると、急に自分の身なりが変に思えて、通された応接室でいたたまれない気持ちで座って待っていると本当に場違いのような気になってくる。

 

「杉山です。」

そういって、180センチはあろうかという黒色のスーツに青いシャツをビシッと着こなしているその人は入ってきました。

「始めまして、中川和樹さんから紹介していただいた、喜多見です。」

「そう。でも中川さんには悪いけど、不採用だから。」

「え?」

 

「だって、時間に遅れてくるなんて問題外でしょ?」

 

「初めての東京で迷ってしまって。」

「言い訳はよくないね。知らないところに行くのであれば、自分で下調べ、ちゃんとしたの?」

「しました。でも。」

「したといってこのレベルじゃあ、やっぱり使い物にならないんでね。悪いけど。」

「そんな、困ります。」

「困りますって言われても、僕も困るし。」

「社長さんだって聞いています。人を見る目もあるって聞いています。もう一度だけ、私にチャンスを下さい。そうしないと、私、東京で餓死してしまいます。」

「家に帰りなさい。東京でそんなんじゃあ、どっちみち暮らしていけないし。」

「今晩帰る電車賃もないし。」

これは嘘。

「やれやれ。嘘をついても分かるんだけどなー。お金は貸すこともできるし、もう少し人の心を動かすような事がいえるようにならないとね。」

     ・・。

 

「あー。わかった。わかった。涙はオフィスでは禁止。いいね?それから言い訳も禁止。」

「はい。」

「中川さんには借りがあるから、まあ、これで貸し借り無しかな。」

「仕事は秘書。僕のスケジュール管理とか、様々なものの手配とか。そういったこと。週5日来て貰うけど、最初は給料は食費位にしかならないよ。仕事内容に対する報酬という意味でしかお金は出せないからね。だから、飢え死にしない程度にしかお給料は払えないから。」

「はい。」

もうやとってもらえるなら何でもいい。

 

「9時から17時までが勤務時間。残業は必要ない。仕事が出来なくて自分で自主的に居残りするのなら別だが、今言ったように、残業代は最初はでないから。」

「はい。」

「3ヵ月後に評価して、本採用とするかどうかを決める。」

「はい。」

 

最初どうなるかと思ったけど、何とか雇ってもらえそう。よかった。

 

「聞いてるの?」

「は、はい。」

「じゃあ、今何ていったか復唱して。」

「あ。あの。」

「何度も言わせないでほしいな。僕は何も君を雇う必要性は全く無いんだからね。やる気が無いのならすぐに首だから。」

「すみませんでした。」

「知らない事は言われたそばから吸収していけばいい。しかし、知ったかぶりや2度目の注意は許されないよ。君にはそういう仕事が任されているのだという、プライドを持った仕事の仕方をしてほしいと思う。」

「わかりました。」

 

「じゃあ、入り口の所の机が君の机だ。部下はそれぞれ、一部屋づつあるが、後で皆には紹介する。社員は10人。僕の秘書以外も手の開いているときは仕事を自分で見つけるように。」

「さて、今日の夜は近所で歓迎会をしようと思うけど、時間あいている?」

「はい。大丈夫です。」

「家までここからどれくらいかな?」

「さ、さあ。」

「調べてないの?」

「きょ、今日はホテルにしようかと。」

「まさか、家はこれから探すという訳じゃないよね?」

「そうですが。」

「保証人は?あのね。保証人もいなくって決まるわけ無いでしょ。」

「やれやれ。」

「丸山さん。ちょっとこの子家みつかるように、同居人探してあげて。」

 

後から聞いた話だが、丸山さんは交友関係が広く、口から口へとあっという間に私の情報が流れ、歓迎会の時間までには、雑誌社でバイト中というみきちゃんと同居するという事が勝手に決まっていた。みきちゃんは下の名前じゃなくって、三木紀子さんというらしい。今日、明日はホテルにして、土曜日に始めましての予定。家賃は4万でいいといわれ、かなりホッとした。私がいなくっても、この事務所回っているような気がするけど、なんで雇ってもらえる事になったんだろう?キョロキョロしながら、また他の事を考えていて、杉山さんの雷が落ちた。ここでの仕事で求められる事をこれでもかというほどメモを取らされ、明日までに丸暗記してくるようにという命令つきでようやく解放されたら、もう歓迎会へ向かう時間となっていた。

 

ずーっとずーっと後になって聞いた話では、何も知らない子供を最初にガツンと脅かして気を引き締めさせたのだと杉山さんは言っていた。私を首に出来ないほどの恩義が中川さんという人にはあったらしい。でもその話を聞くことになるのはずーっと後の事。

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