社会人
「須藤さん、ホッチキスは紙に対して平行、左上ね。」
「あ、すみません。」
そうはいうものの、本当にイライラするこの人。なんでそういう言い方しか出来ないんだろうこの人って。しかも、ちょっとファイルの場所が分からなくなって仕方ないとばかりに聞こうものなら、
「この間も聞かなかった?」の嫌味の一言を忘れない。
相性が悪いのに、こんな小さな部屋にいつも一緒なんて、修ちゃんとおおっぴらにお弁当とか食べれるオプションでもつかないかなー?あーやってらんない。
「うちの事務局って昼寝しててもいいなんて、おいしいよね。」
そういう生徒の会話が耳に入り、気になってその生徒を呼び止めて話の内容を利いてみるとどうも尚美の事を言っている風だ。様子を見に行くと、確かに欠伸をかみ殺して何やらやっている。今度の土曜日にでも話を聞いてみるか。そう思いながら声をかけずに立ち去る。
「生徒の声が気になって、仕事振りを見に行ったら疲れているようだったけれど、何かあるなら相談して欲しいな。」
「え?なに修ちゃん?」
「何も無いよ。何?生徒の声って?
「居眠りしてるってね。」
「やだ。そんな訳ないじゃん。」
相変わらず分かりやすい。すぐに動揺しているのが分かる。それでも気がつかない風を装って、
「本当に?」と聞いてみる。
「本当に本当。やだ、なんでそんな事になっているの?噂って怖いよねー。」
「気になって、木曜日の5時間目の後に事務局見に行ったんだ。」
「え?うそ・・・。」
そういって、尚美は下を向いてしまった。向いたっきり何も言わない。
「どうしたのか言ってごらん。」
「だって、言ったら怒るもん。」「怒らないのなら、言っても良いけど?」
そっと修ちゃんの顔色を伺う。
「どうして怒るって思うんだい?」
「・・・・・・・」
それって、酷い。言い方変えているだけで質問は同じじゃん。
そして、最初の心配口調とはなんだか様子が変わってきた。
「尚美、聞かれて事に対しては返事をしなさい。」
「・・・」
「チューリップのときの事、もう忘れちゃったのなら仕方ないか。」
「修ちゃん、待って。嘘。えっと・・・。」
「言わなきゃ駄目?」
無言で見つめ返されてしまった。もう道は残されていないか。
「ネット販売を始めてさ。そしたら、注文が結構入ってきて、作業が追いつかなくなっちゃってさ。」
全部話すまで修ちゃんは一言も口を挟まない。なんかそうされると、いいわけ口調になって、あせってペラペラ喋ってしまう。
‘あみぐるみ’で携帯ストラップを作ってみたら結構人気がでて、せっせと毎夜コツコツ作っていたら慢性の寝不足。という訳で昼間ちょっとウトウトしてしまうサイクルになってしまった訳で。
「話は分かった。でも仕事は仕事だろう?お金でもらっている分、ちゃんと働きなさい。」
「うん。」
仕事なんてつまらない。
「全然悪いと思っていないんだな。」
「そんなことないよ。」
と口ではいうものの。だって、いいじゃん。仕事っていったって、たいした事している訳じゃないもん。そんな心の中、修ちゃんには分かっていたみたい。だって次に口を開いた言葉が、
「自分で反省しているのなら別だったけどね。社会人としての自覚がゼロじゃあ、仕方ないね。」
「さ、おいで。」
そういって、膝を指す。
『お・い・で???』
「うそっ」
修ちゃんをより怒らせるような一言を思わず吐いてしまったがために、10発追加の宣言。
「そんなの酷いよ。」
「やだやだ。」
「この間の、痛かったもん。」
「さらに、10発追加な。」
何か言うたびにどんどん条件が悪くなる。もう何も言わないよーだ。半分拗ねてやけ気味になるけれど、すぐに降参。
「痛い。痛い。ごめんなさい。」
パーン パーン パーン パーン
「まだ始めたばかりだぞ。」
パーン パーン
パーン パーン
「痛いよ。修ちゃん。こんなんじゃ明日椅子に座れないよ。」
パーン パーン
「日曜日は休養している日だろ?」
パーン パーン
「やだー。だってまた注文来てるかも知れないもん。」
「ってまだそんな事いって。」
「だって、今夢中なんだもん。それこそ途中でなんか投げ出せないよ。」
「やってはいけないなんていうつもりはないよ。ただ、仕事に影響しない程度にしなさいと言っているんだろう?」
「そうだけど。」
「全然わかってないね。ほら。」
パーン パーン
パーン パーン
と再開。
「うわーん。」
「同情買おうとしても駄目だよ。」
パーン パーン パーン パーン パーン パーン
「だって。」
ちょっともがいてしまう。痛さに頭では、大人しくしていなきゃいけないって分かっていても、体の方は逃げ出したくって、正直に反応してしまう。
「尚美!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
「反省している。本当。なんでお仕置きされているのかも分かってる。本当にわかっているの。」
わーん。
「本当だな?」
「本当です。本当です。」
「よし、じゃあ、この件については終わりにしよう。」
よかったーー。ほっとして起き上がろうとしたら、
「まだだ。」
「だって、今終わりって。」
「10発づつ最初に追加した分があるだろう?」
って超ぬか喜びさせて!
「今のに、含まれてるよね?ね?ね?」
「含まれていません。」
「あと20発。なんならもっと増やす必要があるのなら、そのまま我侭いっていなさい。」
オニ。
今日は一度も八重歯を見ていない。折角二人で会える時間なのに。
「すねない。」
パーン パーン
ひどい。いたい。ひとい。いたい。
でも、あれ?ずっと右ばっかり。痛い。いつもよりいたいじゃんか。
交互に普通は叩くのに。さっきまでだって左右交互に叩かれたのに。
いち。にい。さん。しい。修ちゃんの数える声はするけれど、もう駄目。本当に駄目。
「痛いよ。もうやだ。我慢なんてできないよ。」
そう泣き叫んでも、10発終わるまで全部右側だけ。
「さ、わかるね。お仕置き受ける前に駄々捏ねるとお仕置きは増えるって事覚えておきなさい。」
「後は分かるね。次は左だけ10発叩くからね。」
「いやー」
怖くって、さっきの痛いのが今度は左で始まるのかと思うと、恐怖で身がすくむ。
いち。にい。さん。しい。
さっきと同じ。そして、
さっきと同じようにもう耐えられないといういたみなのに、やっぱり、しっかりと10数えるまで、がっちり抑えられていて、痛いのと、嫌なのと、一刻も早く終わりにして欲しいのとで、ワーワー泣いていた。
「壁に向かってそのまま立っていなさい。」
壁に向かうって?言っている意味が分からない。でも言葉どおり、目の前に壁。
パンツは剥ぎ取られ、スカートの裾はウエストに挟まれ。あられもない格好だよ。
「修ちゃん。」
蚊の泣く声でわずかな期待と哀願を込めて名前を呼ぶ。
「黙ってそのままいいと言うまで立っていなさい。手は横。」
だって、涙がボロボロでているのに?こんなに酷いオニみたいな修ちゃんなんて、だいっきらい。
「修ちゃん、酷い。こんなの。」
恥かしさこの上ないし、お尻は痛いし。早くおしまいって言ってよ。言ってよ。言ってよ。修ちゃん。何度も何度も頭の中でぐるぐる考えているうちに、段々気持ちが落ち着いてきたのが分かる。
落ち着いてくると、自分がいけなかったんだもんね。とちょっぴりだけど、今更だけど反省。
いけなかったよな。なんて、一旦反省モードになると、なんでお仕置き受けている最中あんな態度取ったんだろうって、いくら痛いからって、嫌だからったって、恥かしく思える。だって、子供みたい。
ごめんなさいという気持ちに自然となって、結局修ちゃん、全部お見通しだったのかな。
「よし、いいだろう。」
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