「川手、いつもすまん。」

 

「若。そんなもったいない。」

「まあ、いい。お前も飲め。」

 

そういって自分の杯を川手に渡す。

畏まって一杯だけ。緊張しながら川手は杯を受ける。

右手でなく、左手で杯を空けるのは、お嬢様の躾け後だからだろうか?

俺の打ち明けるべきかどうか、かなり葛藤した心の苦しみについて、杯に若の気持ちが込められているようで、俺は男泣きした。

 

 

尊敬する若。この人の為なら何でもできる。

自分の大切な人の、大切な妹だからお嬢様の我がままも全然気にならない。

我がままは気にならないが、その身に何かあっては困る。だからお嬢様には悪いと思いつつも、黙っているには余りに心配で、忙しい若に相談した。

相談する事によってお嬢様がお仕置きを受けるだろうというのは明々白々だったが、あえて相談した。

 

 

 

 

 

「お嬢様が、その。最近、連日夜遅くていらっしゃって。その遅さが半端じゃないもんで、やはり心配で。しかも、この間の教習所の件で、私はお迎えには来るなといわれているので何かあったらと思うと心配で。」

 

そう。お嬢様は若から、原付の免許取ろうとしていたのがバレてお仕置きされて以来、どうも反抗期というか、ヤケクソになっているというか、ストレス発散だといって、連日連夜、朝帰り。それも12時回った朝では無く、空が白く明るくなりはじめる時間。始発に乗って帰ってくる。

 

「車じゃなくても帰れる時間にしてるの。だから川手は迎えに呼ばないの。」

屁理屈ってものだと思いながら、どうもお嬢様の口には勝てない。

 

若の大切なお嬢様は組みんなの大切なお嬢様であるものの、もし、心ない者に因縁でもつけられたらと思うと、心配で仕方が無い。そこで、悩んだ末、若に相談した。

 

 

若は黙って俺の話が終わるのを待って、「すまないな。終わったら付き合ってくれ。」

そういって私にお嬢様を呼びにいくように仰った。

 

「なによ。お兄ちゃん用があれば、お兄ちゃんが来ればいいのよ。私行かないから。」

そう駄々を捏ねずに、とか、やばいですよお嬢様そんなこと言ってとか、なんとかなだめすかそうとしても頑として動こうとしない。

 

「だいだい、お兄ちゃんが来いって言う時はろくな事じゃないもの。」

 

それはそうですが

 

「ただ、私も来ないそうですといって、戻れるわけではないので。」

なき脅し作戦も失敗し、仕方なくスゴスゴと若の部屋へ戻ると、もう一度行って来るように使いに出される。

 

そりゃそうだ。まさに子供の使いじゃこれじゃ。やや自嘲気味に呟きお嬢様のお部屋へ戻る。

 

「『度胸があるなら来なくていい。』それだけだそうです。若のお言葉は。」

 

「わーかったわよ。言っとくけど行くのは川手の顔を立てるからでお兄ちゃんが怖いわけじゃないからね。」

 

精一杯の強がりを仰るお嬢様。一体どうしてしまったというのか。

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

そういってお兄ちゃんの部屋のドアを開ける。

「俺が怖いと思っているというのも、約束を絶対に守ると言ったのも、たわごとのようだからな。その甘い考えを心底後悔させてやる。」

 

「何よ、いきなり。」

 

「朝帰りも大概にしろ。」

だから、川手が呼びに来たのか。つげ口するなんて。

 

「別に禁止されてる覚えないもん。」

「連絡しろとは言ってあると思うが?」

 

「そりゃあ。そう・・・だった・・・かも・・・。」

ちょっと形勢が怪しくなってきた。

 

「何故何も言わず夜遊びをしにでかけ、さらに帰ってくるのが始発なんだ?」

 

「怒るかもって思ったから。」

正直に言う。

「お兄ちゃんなんか、嫌い。」

これだって本心なんだから。

 

こうなるだろうという事は心の底ではわかっていたのに、自分の中から発しているその警告をあえて無視していた。だって、むしゃくしゃしてた。引っ込みがつかなかったこの気持ち。

 

「嫌いだと?」

「嫌いだからどうだというんだ?」

 

「眼鏡越しで睨まれたって怖くないんだから。」

 

「その割には、後ろに半歩下がったのはどういうわけだろうな?

お兄ちゃんの余裕が恨めしい。

 

「ち、違うもん。」

 

「いい加減にしないと、温和に話をしようと思っていたが、そろそろ俺も堪忍袋の緒が切れるぞ。」

 

 

ウソツキ。とうに怖い顔してるくせに。

入ってきた時から、眼光鋭くって怖かったもん。

 

お兄ちゃんが温和に話したら、それが一番怖いかも。周りの温度が下がるよきっと。

 

「聞こえてんのか?いい度胸してると褒めてやりたい所だが、根性でタイマン張ろうってわけでもなさそうだな。」

 

お兄ちゃんに、タイマン?滅相も無い。

 

「ま、まさか。」

 

謝れ。私。

 

「お。お兄ちゃん。」

ちらっと見たら目がバッチリ合った。

 

合った目を逸らせたのは、モチロン私。

 

何も言ってくれない。

 

「・・・。ごめん――なさい。」

 

「来い。」

 

私の手首をぎゅっと掴み、そのまま腰掛けた椅子の上のお兄ちゃんの膝の上に乗せられる。こんなに、あれ〜という出来事のように、簡単にお兄ちゃんの膝の上に乗せられてしまうなんて、ちょっとおかしい。これからの自分の身の上に起こることが余りに恐怖な出来事だと、人間っておかしくなるのかもしれない。こんな状況で可笑しいなんて思えるだなんて。

 

「川手が心底心配してた。」

 

お兄ちゃんは私のスカートを捲くり、パンツを下ろし、これ以上無い恥かしい状態にしておいて、お説教を始めた。

いつ、最初の一打が振り下ろされるのかと、その恐怖で心臓がバクバクしてるというのにお構いなく、組のものを心配させるんじゃない。お前の我がままも大概にしろ。だの。

 

「聞いてるのか?」

 

「聞いてるよ。」

恥かしいんだってば。バカ。

 

「じゃあ、反省の言葉を聞こうか。」

そういわれて、私は仕方なく、

「我がままが過ぎたし、子供っぽい真似した。ごめん。」

それだけボソボソと言った。プライドが粉々に崩れる気分。だからさっさとお仕置きだけして、解放してくれればいいのに。

 

「しばらく夜遊び禁止だな。」

 

「そんな。」

 

「禁止!」

 

「・・は・・・い・」

般若には逆らえません。雷が落ちた。

 

怖い。

 

身がすくむ。

 

どうしてお兄ちゃんの低い声はこんなに怖いんだろう。もともと私がびびっているせいというのを抜きにしたって、マジで怖い。

 

しばらくって、どれくらいだか確認すべきか、迷う。

でも、ここは大人しくしていた方が身のためだと、静かに待つ。

 

「川手に、後でちゃんと謝っておけ。」

 

「はい。」

そんなの。するわけない。

 

「よし。」

何が『よし』よ。強制的に膝に乗せられてさ。なんて思っていたら、お兄ちゃんのピシピシと始まったお仕置きに、強がっていた気持ちはあっという間に消えてしまう。

 

「い、いや。」

「お兄ちゃん。ごめんってば。」

「お兄ちゃん。堪忍。」

 

何を言おうと、お仕置きが始まったら、お兄ちゃんが終わりを宣告するまで終わらない。

わかってるけど、わかってるけど半端無く痛い。

 

「いっ。痛い。痛い。痛い。痛い。」

どんなに『痛い』と言っても、同じところを平然とまた打ってくる。

本気でこの人ってオニだ。

 

「可愛い妹だよ〜お兄ちゃん。」

川手が失敗した泣き脅し作戦。私もあえなく失敗。

 

「反省の色が全く見られない。」

そういってさらに火に油を注ぐような結果になるだけだった。

 

ようやく気がついた。もしかして、今日のお仕置きって、厳しくなる予感?

私はただちょっとイライラしていただけだったのに。

自分の浅はかな行動が蒔いた種がどういう結果を導き出すのかようやく気がつき始めて、やっと私は青くなった。

 

「ご、ごめん。」

「本当に堪忍。」

涙ボロボロで反省の言葉を口にする。

 

手が止まる。

「わかったか?」

 

「はい。」

「十分過ぎるほどに。」

 

「よし。」

そういってまた再開された。オシオキ・・・。

 

「よしって言ったのに〜。」

 

「ようやく自分の行動に反省したようだから、これから十分にお仕置き受けなさい。」

 

オニはいともあっさりとありえない事を口にする。

どうしたら、どうやったら、この手が止まるの?もうそれしか考えられない。

知恵は浮かばず、ひたすら痛みに耐えて、この手が止まる事を祈る。

 

「う。うえ。痛い。」

 

「川手に謝る。お兄ちゃんにも。謝る。」

間に『痛い』といいながら、繰り返し叫んでいたら、ようやく手が止まった。

 

「全く、とんだじゃじゃ馬だ。お前の身に何かあったらどうするんだ。」

「ご、ごめん。」

「言いつけ守る。怖いお兄ちゃんに叱られないようにする。」

 

「はっ。どこまで本気かわかったものじゃないが、まあ、いいだろう。」

「今日はもう寝ろ。明日川手にちゃんと侘びをいれるんだぞ。」

 

「はい。」

 

それだけ言って、ようやく眼鏡をかけたクールな鬼は許してくれた。

後姿の大島紬。後姿も素敵。

叱ったりしなければ本当に甘えるだけの大好きなお兄ちゃんなのに。

いつもいつも、どんな時も私を可愛がって、大切にしてくれるお兄ちゃんなのに。って、私がいけないのか。

 

しっかし、今日はこっぴどくやられた。睡眠不足だけど、この痛みに耐えて今夜眠りにつけるかどうかかなり心配。

 

お兄ちゃん明日も痛いようにたっぷりとお仕置きした。絶対そういう人だもん。

 

 

 

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