「お前の気まぐれで下にいる者は混乱するんだ。そんな事も分からないのか?」

 

いつものように正座させられ、兄の部屋。

ちょっと違うのは、川手(かわで)が横に並んで

同じようにしょんぼりと小さくなって正座させられている事。

 

 

 

昼間の出来事だった。

 

携帯が鳴り、液晶に『若』の文字を見て凍りつく。

「川手です。」と電話に出た声も「お前、何処にいる?」の声が重なって消される。

「あの。家電屋です。」

「梨緒は一緒か?」

「は、はい。」

5時までに、梨緒連れて帰って来い。」

それだけ言うと、電話は一方的に切れた。

ツーツーという音を聞きながら、携帯を握り締め、頭真っ白になる川手。梨緒が時々出かける時に便利に使っている家の者。

 

直立不動で呆然としている川手の名前をレジの方から呼ぶ声がして、現実に引き戻される。慌てて、名前を呼んでいた主であるお嬢様のほうに戻る。

「川手!もう。何してるのよー。」

「なんか、カードなかなか使えなくって、ムカついたけど、ほら。」

お嬢さんが欲しいと言っていたパソコンが包まれている紙袋を嬉しそうに見せる。荷物持ちの登場を待ちわびた顔。

 

「やだ。なに?」

「たった今、お電話がありました。」

「誰から?」

本当は分かっていたのに思わず聞いてしまう。

「若から5時までに帰ってくるようにと。」

・・・

「そして何だか物凄く怒っていました。」

という聞きたくない一文もおまけについてきた。

「どれくらい?」

 

「お嬢さん、どうしましょう・・・」

「どうしましょうって。それより、なんで買い物してるの分かっちゃったんだろう?」

「さ、さあ?」

「いいから、とにかく帰るわよ。」

 

 

お嬢様も明らかに焦っているご様子だったけれど、私自身も余裕が無くって、帰りの電車は二人で終始無言。

 

 

「ただいま。」

「ただいま帰りました。」

ガラガラという玄関の引き戸を一歩入った途端、待ち構えていたお兄ちゃんの左腕、進藤にそのまま“若の部屋”へ連れてかれて、それでこうして、只今お説教中。

 

お兄ちゃんのお怒りモードは全開。

 

あまりに怒っていて、髪の毛が逆立っているんじゃないかっていうほど。

眼鏡の奥でギロっと目が光る。

 

ちなみに川手は部屋に入るなり、お兄ちゃんにグーでお腹を殴られ、苦痛に顔を歪めてた。グーだけじゃなくって、お腹に追い討ちの蹴りも入ってた。

 

「お前ら二人は何やってんだ?」

「そんな高い物を一人で買いに行ったんだ?」

事情聴取はまず、梨緒から。

 

「欲し・・かったから。」

 

「欲しかっただ?カード渡しているからと言って、

相談もなしに買う金額か?違うだろう?」

て、疑問文にお兄ちゃんが答えちゃったら私、何も言えない・・・。

 

「本当に欲しかったのか?」

 

「う。うん。まあ。」

 

「暇つぶしとか、ただ何となくとか、そういうことだったんじゃないのか?」

「本当に欲しかったもん。ずっと欲しかったんだもん。」

 

「その不満顔の理由を説明したいなら、聞こうじゃないか。」

お兄ちゃん不良座りってやつ?

しゃがんでぐいっと顔を近づけてすごむんだもん。怖いよー。

 

「・・別に、不満だなんて。そんなんじゃないもん。」

 

ひやー。睨んでるよお兄ちゃん。川手はビビって下向いたまんまだし。

私一人じゃ受け止めきれない光線だよ。

 

「川手!」

お兄ちゃんが、いきなり川手に向かって怒鳴ったので、二人で一緒にビクッとなる。

 

「お前は俺の下についてるのであって、

梨緒の悪ふざけに付き合うのが仕事じゃないだろう?」

「は、はい。」

「俺に対して忠誠を誓ってるんじゃないのか?」

「もちろんそうです。」

 

 

「俺がお前に電話して確認する前に、

お前の方から梨緒の行動について俺に報告するか、

梨緒を止めるのがお前の仕事じゃないのか?」

「仰るとおりです。」

お兄ちゃんに怒られて、川手が益々、小さくなっていく。

180センチもあるのに。

 

「荷物持ちの仕事が好きなら、今日から、俺の仕事はしなくていい。」

 

「わ、若。お許し下さい。二度と致しません。」

頭を畳にこすり付けて、切羽詰った声で川手が言う。

 

「命令が理解できない男を傍には置けない。」

なのに、お兄ちゃんの言葉は手厳しくって、川手が可愛そう。

酷い。そんな言い方しなくったっていいのに。

 

お兄ちゃんに、ズバッとそういわれて、川手に返す言葉なんて無い。

私とほとんど年も違わなくって、

いつも優しく言う事を聞いてくれる川手が、

こんなにしょんぼりとするなんて。

 

「お兄ちゃん、悪いのは私だから、川手は悪くないから、許してあげて。」

 

 

「そう。お前が悪い。」

「お前の気まぐれで下にいる者は混乱するんだ。その年で、そんな事も分からないのか?」

「川手にしてみたら、お前に頼まれたら、

一緒に出かけるのを断る訳にはいかないだろう?」

 

てっき『口出しするな』位の事言われるのかと思ったのに。

あまりに白黒がはっきりしている答えが返ってきてしまって、

これ以上何もいえなくなってしまった。

 

「ごめんなさい。」

「若、申し訳ございませんでした。」

 

ふー。とお兄ちゃんが息を吐く音がする。

 

「川手、お前はもういいから、外に出てろ。」

 

「はい。」

 

『はい』とだけ言って部屋を出て行ったその後姿は本当に寂しそうで、

自分のやらかした事の大きさに改めて、気がついた。

 

「お兄ちゃん。私が悪かったから。

どんな罰でも受けるから、川手の事、許してあげて。」

 

「出来ない。」

「お兄ちゃん!」

 

「お前がしでかした事が原因だが、あいつにも悪い所があったんだ。」

 

「そのパソコンで川手が苦労して売った、たこ焼きが何皿 買えると思ってるんだ?」

「え?」

「考えなしに、ゼニを稼げもしない子供が買える程、

安い買い物じゃないのが分かったか?」

「・・・はい・・・。」

 

「本当に分かったかどうかは怪しいが、いいだろう。覚悟はできてるな?」

 

「で、できてるけど。」

 

「厳しいよね?やっぱり?」

「確認してくるような甘ちゃんには特にな。」

そういって口元に笑み。

「たこ焼きが買える皿の数分位はみっちりとだな。」

「そ、そんな。」

 

だって、初売り目玉商品で、20万だったとはいえ、

20万円÷500円=???ってえー????

 

そういって膝の上に強引に乗せられ、お仕置きが始まった。

バチン その衝撃に痛さを思い出す。

脅しに違いない。絶対にそんなに叩くわけがないから。

そう信じながらも、恐怖心で一杯だった。

お兄ちゃんのお仕置きの厳しさといったら、身をもって体験しているし、

一発叩かれれば、そのあまりの痛さに

気丈にしていたものが脆くも崩れていくのはいつもの事。

 

「大体、俺が年始の挨拶してる隙に黙って抜け出すざなんて、コソコソしやがって。」

 

「カード会社がいきなり、お前のカード名義で高額なものを買ってると言って、ご苦労な事に、確認の電話して来た。」

 

パシン パシン パシン パシン

「全く正月早々、携帯に出てみたらそんな話だ。」

パシン パシン

 

あ、だからばれちゃったんだ。だから会計が遅かったんだ。

パシン

「お兄ちゃん、私、悪かったから、我慢するから、川手、許してあげて。」

そういいながら、泣き出していた。

 

痛くって、痛くって、わーわー泣いていた。

パシン パシンと続く。

「我慢するんじゃなかったのか?」

「してるもん!」

意地張ってみるけれど、どう見ても、『堪忍して』って感じで

いつものようにもがいている。

いらない事を言わないように、

言葉だけはぐっと飲み込んで堪えてみたけれど、これ以上続いたらやばい。

 

「お、お兄ちゃん。」

「なんだ?」

『なんだ』ってそんな冷静に言われても。

 

「川手許してあげて。ごめんなさい。」

 

「川手とは後で話しをする。お前は自分のしたことを十分に反省しろ。」

パシン パシン と叩く合間に、お兄ちゃんがそういってくれてちょっとほっとする。

グズグズ泣きながらも繰り返す。

「ごめんなさい。」

「相談しなくって、こめんなさい。」

「勝手にいなくなって、こめんなさい。」

 

「正月早々。こんなのじゃ、一年、思いやられるな。」

「反省してるから。今年はいい子になれるからー。」

「まったく。」

パシン パシン 

「いたいよー。ごめんなさーいー。」

ヒック ヒックと段々泣きすぎてしゃっくりが出てくる。

 

お尻は燃えるように熱いし、それでもビリビリするようなお尻にまだ パシッ パシッとお仕置きが続く。

 

お兄ちゃん。超痛いよ。

 

お正月なんだからちょっとは手加減してくれればいいのに。

 

お正月早々怒りすぎだよ。

 

痛いよー。

 

終わりにして欲しい。

20は叩かれた。

 

もしかしたらもっとかも。とにかく痛い。

腕の力がありすぎなんだよ。

 

 

「さて」

そういって手が止まった。

ヤッターと思ったがまだ早かった。

 

「どんな罰でも受けるんだったな。」

「そ、そうよ。」

膝の上なのが、いささか不安。

起き上がろうとしたら、腰をぐっと押さえつけられた。

ちぇ。

 

「それで、川手を許して欲しいと。」

 

「うん。」

 

「じゃあ、川手が見ている前でお仕置き続けるか。」

 

「え?いやー。そんなの。」

「いや。いや。お願いそれだけはいや。」

 

「じゃあ、川手はこのままでいいんだな?」

 

「お兄ちゃんのいじわる。」

顔が紅潮する。

「意地悪 結構。」

「どうするんだ?俺は気が短い。決めろ。」

 

このまま泣き続けてごまかせたらどんなに良いか。

「分かった。川手の前でお仕置き受ける。」

蚊の泣くような声で、ようやく答える。

 

「まあ、今日はこれで許すか。正月だしな。」

そういって膝の上から下ろしてくれた。

 

本当の欲しい答えは絶対に相手に言わせるのがお兄ちゃん。

相手を追い詰めるその手腕たるものはやはり流石なのかな。

 

私が本気かどうか試しただけ?

もう、いいの?ちょっと半信半疑。

 

「いいの?」

「そこに正座していなさい。」

 

「川手!」

大声でドアに向かってお兄ちゃんが声をかけると

「はい。」

という声が。

 

慌てて下着をあげる。

 

お兄ちゃん、川手がずっとそこに待っていたの分かっていたの?

私が正座をしたのを目の端で確認して、静かに言う。

「入れ。」

 

すっと障子が開いて、川手が膝を付いて入ってくる。

「俺がなんで怒ったか分かってるな?」

静かに、言い聞かせるようにお兄ちゃんが喋る。

「はい。」

「正月早々だ。今日はこのバカ妹も要因だからもう一度だけ、チャンスをやる。」

お兄ちゃん、般若面取れて、いつもの優しい顔。かな。

「はい!」

「ただし、もし俺に背くような事があったら、次は許さないから覚えておけ。」

でもって、また、ギラっとした目。

「いいな。」

 

そっとお兄ちゃんの一挙手一投足見守る。

怖い。でも、許してやるって言ってるよね?

 

 

「若。ありがとうございます。」

 

川手は後で俊樹様の左腕、玄関で二人の帰りをじっと待っていた

進藤一雅にたっぷりと今回の事でしごかれるのは分かっていたけれど、

何よりも、この人について行くと決めた俊樹様から許された事にほっとする。

「今度こそ下がれ。」

「申し訳ございませんでした。」

そういって土下座して、川手は今度こそ下がったみたい。廊下を歩く音が遠くなっていく。

再び二人っきりになると、梨緒は一先ず川手の事を許してくれた兄に感謝した。

 

「まったく、いい年をして。お前のやる事なんて、すぐ分かるんだからな。」

 

半ばあきれ気味の兄。

 

「相談しろ。たまには。いいな?」

 

「はい。」

 

いろんな事で怒られちゃった。

「いい加減大人になってもらわないとかなわん。」

そういって、お兄ちゃんは、懐からお年玉袋を出した。

 

私はいつまでお兄ちゃんから子ども扱いされるのだろう?

叱られてもまだ大好きなんて。でも、本当に本当に好き。

「ごめんなさい。」

そういうと、優しく頭をなでてくれた。

 

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