「こっちを向きなさい。梨緒。」

 

怒ってる。

怒っているのが分かってるのに、無理だよ。丸まった背中に全神経を集中させる。

お兄ちゃん、漫画みたいにめがねがキラっと光ってたりして。

 

「いい度胸じゃねえか。」

そういって顔を持ち上げられる。

この言葉使い。ビビル。

 

私にこんな言葉使いするのはお兄ちゃんだけ。みんなお嬢さんといって大切にしてくれるのに、

唯一この人だけは、時に命令口調で私を叱る。自分の子分を叱る時と同様に、厳しい口調となる。

 

8つ年の離れたお兄ちゃんは三代目跡取りで、

私にとっては、大好きな優しいお兄ちゃんなんだけど、

大切に守ってくれるお兄ちゃんなんだけど、

もし、逆らった真似などしようと思ったら容赦なく叱られる。

言葉だけで済めばいいけれど、今日の場合、お仕置き決定なのは明白。

 

「泣くのはまだ早い。」

「泣いてないもん。」

 

「そうか、じゃあ、ちゃんと説明してみろ。」

凄みのある低い声。

 

「美奈子が、夜遊びも出来ないの?ってあおるから。」

その後、続けれられず尻切れトンボ。

 

「あおるからどうしたって?」

 

「なんでもない。」

「中途半端な言い訳はするんじゃない。」

 

『言え』って言ったのお兄ちゃんの癖に。

 

「自分のした事の理由もちゃんと説明もできず、屋根裏部屋に隠れ、そのうえ、拗ねる。」

 

仰るとおりです。

 

「一人で帰ってくるなんて危ない真似するんじゃない。連絡すれば、すぐ、迎えに人をやらせる。」

「だって、それがイヤなのに。」

 

「いい度胸しているな。イヤだ?だと?」

 

「あ、そういう意味じゃ・・・。」

 

「日の明るいうちに帰ってくるか、遅くなるなら迎えと一緒に帰って来い。お前の身が心配だからな。」

 

「いいな?」

 

よくないけど、頭を縦に振る。

 

「極道の家に生まれたんだ。俺もお前も。」

ちょっと寂しそうに笑う。

「ごめんなさい。」

 

「よし。」

 

「さ、この日向俊樹を心配させたんだ。覚悟はできているな。」

「お。お兄ちゃん。堪忍。」

 

ギロって睨まれた。

「往生際が悪い。曲がった根性叩きなおしてやる。」

い、いいです。結構です。

腰が引けてるのに、手首をつかまれ、屋根裏部屋から引っ張り出される。

 

どんどん手を引いて長い廊下の突き当たり、お兄ちゃんの部屋へ。

「そこに正座。」

「はい。」

ちょこんとお兄ちゃんの正面に座り、神妙な面持ちで次の言葉を待つ。

 

「俺のいいつけを破るからにはそれ相応の覚悟があるはずだ。

それもない。ただ流され、見つかったときには、逃げようとするなんて、

どうも普段の教育方針が間違っていたようだ。かなり甘かったという事だな。」

 

「ち、違う。お仕置きはいつも厳しくて、怖いもん。」

 

「ほう。怖いお仕置きを素直に受けないとどうなるかはでも忘れているようだから、では、思い出してもらう必要があるな。」

 

口元に笑み。こ、怖い。

分かってるくせに。鬼っ子。

お兄ちゃん、般若の顔だよ。誰もがビビル、“お兄ちゃん静かに激昂”の顔。

 

「もうしません。あんな態度もとりません。」

 

「いいだろう。約束した事はちゃんと覚えてろよ。」

 

「膝に来なさい。」

 

ついに開始の宣告。ちょっと痺れた足で怖い人の元へ自ら数歩近寄る。

 

痛いお仕置きが始まった。最初の一打でじわっと涙があふれそう。

私の身の危険がかかっている。心配させてしまった。

分かってる。

でも

ちょっと痛すぎる。

 

「いたいー!」

「黙れ。」

 

黙れって。そんな。

 

「だって。」

 

べそかいても、今日のお兄ちゃんは手を緩めてくれない。それどころか、おなじ所ばかり、さらにビシっと叩く。

 

「動くんじゃない。」

 

無理難題ばかり。

 

「ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

そう何度も謝ったのに、簡単には膝から下ろしてもらえない。

 

ようやく許された時には声も枯れ果ててた。

 

「二度とこんな真似するんじゃないぞ。俺を急に年取らせたくなかったらな。」

「はい。」

 

よしよし。と久しぶりになでられたその手はいつものように柔らかかった。

 

 

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