川手は「不注意で転んだだけです。お恥かしい。」そう言い張るその右手小指の骨折は梨緒が原因なのはすでに調査済み。
この日向様の情報網を甘く見てもらっては困るんだがな。

梨緒のやつ、数日はひどくしょんぼりしていたくせに。何故コソコソとやるんだ。まったく。川手がかばうので、そのまま何も言わずにあえて、追求もしなかったがあの時にやはり厳しくしておくべきだった。


鍋島の事務所へ向かう黒塗りの車の中で、『無事であってくれ』そう思いながら後部座席で目を瞑る。前方を見てるとまだ付かないのかとイライラするばかりだ。

 

 

「鍋島の兄貴。日向です。」

 

「お兄ちゃん。」

その声に、梨緒を確認し、無事なのをみてほっとする。しかしあくまでポーカーフェースで鍋島の趣味の悪いネクタイに胸焼けを覚えつつ下手にでる。

 

 

「ご面倒をおかけしましたでしょうか?」

 

「おおありよ。だからお前が来てるんだろ!」

大声を上げるのは虚勢を張るためか。下種な外野どもめ。

 

「人のシマで遊んだ分のショバ代、きっちり払ってもらおうか。」

 

持ってきたジェラルミンを鍋島の前におく。中が見えるように鞄を開けてやったおかげで幾分かその趣味の悪いネクタイも隠れた。

 

「テメエの所で、教育ができねーのなら、ここでこの女教育してやってもいいんだぜ。」

薄ら笑いをする、チンピラを睨みつける。誰に向かって口きいてると思ってる。

 

「梨緒には二度とこのような事が無いように、きっちりと私から教え込ますんで、どうかお許し下さい。」

 

 

「頭の下げ方が違うだろう。」

また下っ端どもか。全く持って面倒な連中だ。

 

「どうした。日向。侘びを入れに来たのなら、わかるよな。」

500百万を確認した鍋島が言う。

 

鍋島に向かって黙って頭を下げる。

 

「お兄ちゃん!」

「うるせ。」

短く一括する。梨緒が怖がる低い声でどなりつける。

 

「躾が行き届かず、失礼を致しました。」

頭を下げたまま詫びる。

 

その場の空気が凍りつく。まさかここまでするとは思っていなかったようで、逆に鍋島の方が上ずった声をだす。

 

「わかりゃいいんだ。」

 

この程度の事で、ここまでさせたとあれば、鍋島のほうも恥をかく。

それくらいこのバカでもわかるだろう。

梨緒に手を出させないためなら、こんな事分けないが。こいつらにはわかるまい。

 

「いくぞ。」

睨んで顎で呼び寄せる。

 

「妹に甘いのも大概にしろよ。命取りになるぞ。」

いくぶんか落ち着いたのか、最後に鍋島が俺の背中に向かって声をかける。

 

外野どもがドッと笑ったその声に振り向くことなく、事務所を去る。

 

 

「甘いらしいな。俺は。もっと厳しくしておく必要があるらしい。」

少し下がっためがねを手であげながら梨緒を睨みながら言う。

「・・・」

「ほら、乗れ。」

 

黒塗りの車のドアを開けて乱暴に乗せる。

梨緒側のドアを閉めてから、後ろを振り返る。バカどもついてきてないのを確認して、自分も乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。」

梨緒はそういって泣いた。緊張が解けたのかもしれないが、それくらいで許すつもりは毛頭無い。

顔をひっぱたきそうになったが、どうにか抑えて車の中ではだんまりを決め込む。

 

静かに車が玄関に滑り込むように入る。

「付いて来い。」

それだけいうと、振り返りもせず、自分の部屋へ向かう。

 

「おかえりなさいませ。」

川手一同、玄関に迎えに出て来た。いつもの事ではあるものの、今回は皆に心配かけたらしい。梨緒の顔を見て、一同に安心した顔になる。

 

「ああ。」

それだけ言うとそのままあがる。

 

「皆、ごめんなさい。」

小声で言う声が聞こえたような気がしたが、さっさと俺は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

いたたまれない。お兄ちゃんの刺すような視線。

何も言ってくれないのなら、私から。そう思うけど、喉がやけにカラカラで、言葉が出てこない。どんな罰でも受ける。あの薄汚い鍋島の事務所にいたときはそう思って、お兄ちゃんが来てくれるのをひたすら待っていたのに、なんて言っていいのか思いつかない。

 

「あ、あの。」

 

「無事でよかった。」

 

 

え。お兄ちゃん?思わず顔を見たけど、すぐに目を逸らす。

こ、怖い。マジデ怒ってる。そりゃあ、怒らせるような事仕出かしたのは十分にわかってるけど。

 

 

それだけ?きまずい沈黙。

だって、どうしたらいいの?私。すでに泣きそうなのに。

 

 

 

 

 

 

 

顔も上げられず、ひたすら緊張する、気まずい時間。

 

 

ため息を一つつく。

「無事でよかったが、今日という今日はほとほとあきれた。」

ゆっくりと、怒鳴らないように、怒りを抑えて冷静に。自分に言い聞かせながら口を開く。

 


お兄ちゃんが喋り始める。

 

仰るとおりです。

 

「川手を巻き込んでケガまでさせて、それで今日のこれか?」

「し、知ってたの?」

 

「川手の小指は忠告だ。それなのに、同じ店に遊びにいくとはよっぽどのバカなんだなおまえは。」

 

「顔をあげろ。」

 

無理。

 

「聞こえたはずだ。」

 

「はい。」

蚊の泣くような声で返事をし、お兄ちゃんの射るような視線を感じる。

面接の際はネクタイの結び目を見る。道徳の時間か、社会の時間か、センコーの小噺を思い出し、視線を少しさげる。

 

「視線をそらすな。」

 

・・・お兄ちゃんには通用しないらしい。

 

 

「どう思ってるのか聞かしてもらおうか。」

 

とても視線をあわせられず、また俯いてしまう。そろそろ足が痺れてきた。

 

 

「こんなオオゴトになるとはおもってなくって、お兄ちゃんにあんな人に頭さげさせちゃって。すごいビックリして怖くって、本当にごめんなさい。」

 

 

 

「そんな反省で済むと思うなよ。」

「顔をあげろ。」

 

「聞こえたろ?」

 

それでも私には勇気が無かった。いたたまれなくって。辛かった。

 

乱暴に腕をつかまれ、引きずられるかのようにしてお兄ちゃんは私を膝の上に乗せられる。

畳ですりむいた右ひざが一瞬熱を発する。

 

パチン。パチン パチン。パチン

右に左に思いっきり。しかもどんどん叩かれていく。

自分が悪かったのだと本気で思っていたけれど、このお兄ちゃんのお仕置きには参った。

我慢しようと思ったけれど、無理。

 

「痛いぃ〜。」「いたいよう」

 

「痛いだと?ふざけんな。」

 

怒られる。

 

「んん〜。」とあまりの痛さにちょっとでも動こうものなら、「なめてんのか。」とすかさずモモに一発。

 

めちゃくちゃ怒ってる。よね?やっぱり。

でもお仕置きがどんなに厳しくても文句は言えない。

 

とおもうけど、何しろ痛い。

 

「これで、だいたい100だ。」

 

起き上がろうとしたら、頭を抑えられる。

ダイタイって何よ。

 

「まだだ。」

 

「誰が終わったと言った?」

 

「十分に悪かったって反省してます。」

 

「ヒトサマから甘いなんていわれるとはな。」

 

鍋島のやつ。お兄ちゃんの地雷踏んだんだ・・・。

 

「自分の行動で、組のやつに迷惑かけたらどうなるか知ってるよな?」

 

「は・・・い」

 

「今まで数々の事仕出かしてて、この俺が叱らなかった事は過去無かったと思うが。」

 

「無いです。」

 

「今日、どれくらい俺が怒ってるか、わかるようにキッチリとわかるまで、終わるつもりはない。」

 

「反省もう十分してる。」

おなじ事を思わず繰り返す。

 

「事の重大性がちっとも分かってないようだから、たっぷりと教えてやろう。」

 

「わかってる。反省してるもん。」

 

「わかってたら痛いの何のって騒いだりしねーよな。」

「川手は指の痛みに関しちゃ一言も言わないぞ。」

 

川手と一緒にされても・・・。だって、お尻燃えるように痛くって、もう無理。

 

「今日お前のために500万用意した。」

 

「は・・い・・・。」

この態勢苦しいんだけどな。

 

「その数の意味がわかるまで膝の上から降りられると思うな。」

 

そういって問答無用で再開された。

痛みが消える前に次々と痛いお仕置きが襲い掛かってくる。

 

 

「もう。もうしない。」

 

「当たり前だ。」

 

「ごめんなさい。お兄ちゃん。川手も。皆も。本当にごめんなさい。」

 

パチン パチンという音はどれ程立っても止まない。

こんなに叩かれたら、気絶するかも。

 

「もう、限界。」

 

「限界かどうかは関係ない。理解できるまで終わるつもりは無い。」

 

「何度も言わせると怒るぞ。」

 

これ以上怒れるんだ。この人は。

 

でも、泣き叫んでも、「うるさい。」とか「黙れ。」とかめちゃくちゃな事は言わなくなった。

それでも、ひたすらお尻にお仕置きが続く。

 

「あの。いくつ?」

たまらなくなって聞いてみる。

 

「ヤツに払った分の数位はいくだろうな。」

 

それって、ごひゃく?

 

ありえない。鬼。無事でよかったって言ってくれたじゃん。

ぎゅって抱きしめて、映画だったらヒーローが助けて終わりなのに。

 

「あまり態度悪いと、明日、今日の復習させるぞ。」

 

まさか、私の考えている事がわかったとか・・・。まさかね。思考は痛みによって止まる。

頭真っ白。

 

終わりって言って。と何度も何度も唱えてる自分に気がつく。

カラカラの喉は泣きすぎて、痛み出してきた。

苦しくって、痛くって。逃げられなくって。

 

 

 

 

本当に500も叩いたのかどうかはわからない。

なんにも考えられなくなって、お尻も、自分のお尻じゃないかのように腫れ上がってようやく許された。

 

許されたけど、鬼はもう一度正座しろという。

 

一番痛くないように座ろうとするけど、全然無理。

だいたい、ぐらぐらしてるだけで、じっとしてろ。とゲキが飛んでくる。

 

「危ない真似は絶対にするんじゃない。子供でもわかる事だ。」

 

「はい。」

 

「もういい。いけ。」

 

お兄ちゃん?結構すぐに解放されたのが意外で、痛むお尻をさすりながら、部屋を出ると、そこには川手が待っていた。

 

「川手、ごめん。」

「無事でよかったです。」

 

「お兄ちゃん、川手の事も怒るかな?」

「どうでしょう?」

 

「さあ、お尻を冷やさないと。」

 

痛々しいその右手のギブスを見ると胸が痛む。

「私、川手が叱られないようお兄ちゃんに頼むから。」

 

「駄目です。」

 

「うるさい。」

静かな一喝に途端に口をつむぐ。

 

私は部屋へ命令により戻らされ、川手がどうなったか、知らない。

 

あとで、いくら川手にどうだった?って聞いても絶対に教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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