一番好きな人に、自分の一番嫌な面を見せるなんて。
なにしてるんだろ。私。
落ち込む。
一番可愛い自分を見せたいのに。なんだか上手くいかなくって、喧嘩して。
『もういい。仁のわからずや。』そういって仁の部屋を飛び出したけど、追ってきてくれない。
追いかけて来てくれたら、すぐに「ごめん」って言って、仲直りできたのに。
仁の部屋が見える公園で、じっと待ってる。携帯握り締めて。
でも、仁は何もしてくれない。
「答えを出すのは有紗だ。」
そう言いそうだと思いながらも、しつこく、連絡してくれないか待ってみる。
20分経った。 連絡は無い。
ここを離れた瞬間に仁が探しに来たらと思うと、じっとベンチに座っている以外に動けない。
もしかして、と思いながら一時間が過ぎた。
もしかしない。これは。完全に怒ってる仁の事を思うと、
このまま離れてしまう恐怖が襲ってくる。
さっきから、何度も電話しようと思うのに、『仁』と表示されるディスプレーの文字を見ては消して、また表示させてと繰り返しているだけ。
――――――
ごめんなさい
――――――
メールを送信する。
たった六文字を打つのに、一時間もかかった。
たわいも無い事なのに、引っ込みがつかなくなっただけ。仁が夏休み取れないかもしれないからまだ旅行の予定は立てられない。そういっただけで、勝手にぐずった私。
喧嘩するほどの理由なんかじゃないのに、忙しい仁に、ついグチを言いたくなったのかもしれない。
返事来ないかな。来ないかな。ガチガチと携帯を開いたり閉じたりしていると、
―――――
クチでどうぞ
―――――
同じく六文字で返ってきた。
このまま愛想つかされたらどうしようと思っていたから、ホッとした。
でも安心したのはつかの間。鬼先生に自分の不始末を告白しなきゃいけない、高校生時代のあの感じが蘇る。
仁の顔、見上げるたびに胃の下の辺りがギュっとなった。
叩かれる痛さはもちろん嫌なんだけど、お仕置きの時って、仁の厳しさが全身から発せられてて、身がすくむ。
悪い事したらお尻を叩く。
私がやらかしてしまった事に対しては必ず。
今回だけは多めにみる。といった事は今まで一回も無いし。
「今から行ってもいい?」
電話で確認してから仁の部屋へ向かう。
仁と出会って、どれ程私は「反省」を身にしみて味わったのだろう。
いや。失うモノを考えたら、どんなことがあっても行くべき。
そう思って重い足取りなのを自分で励まして怖い鬼の元へと進む。
「じ〜ん〜」
「泣くのも甘えるのも後だ。」
貼りつく私をひっぺがし、そのまま、手を引かれて、ソファーに座らせられる。
「ごめん。あんな事言って。ごめん。あんな態度取って。」
「気持ちはさ、俺も分かるよ。」
仁。
「じーん。」
横に座った仁の首に手を回して抱きつく。
「でも、“ワカル” と “オシオキ”は別な。」
「来なさい。」
「えっ。」
「『え』じゃない。」
嫌がる私を強引に膝の上に乗せて、許されたはずなのに、オシオキだけはどうしても行う気らしい仁の大きな手が容赦なく振り下ろされる。
仁がコーヒー飲む時、その長い指が素敵で、綺麗な手だといつも見てしまう。
今はその手が、見えない位置で私を泣かすために振り下ろされる。
あの綺麗な手はどんな動きをしているのだろう。
余りに痛くって、まったくどうでもいいような事を考えている。
絶対泣かないし、絶対声、ださないんだ。そう決意したのに、見事に完敗。3発目が右のお尻に飛んできた時、「いたっ」と思わず言ってしまった。
仁は私の決意なんか知るよしも無いから、お構いなくどんどん続けるけど、私はたった3発で声を発してしまった事に、恥かしいやら、痛さが想像以上でビクつくやらだった。
本当に痛い時はどうするか。
(答え)一時的であっても、逃れるべく、体をよじる。
「動くんじゃない。」
ちょっとお尻の下の方をパチンと当然叩かれる。
「返事は?」
そのうえ返事も、求めてくる鬼っぷり。
「ハイ」
とは言ったものの。お仕舞いにして欲しくって、「ごめん。ごめん」と泣きつく。従順に大人しくなんてしてられないよ。痛くって。
知ってるくせに平然と続ける。
「わがまま言わないから。」
「わがままだったら怒ってるんじゃないだろ。まともに話もしないで一方的に切れて、あんなメールよこして。そういう態度が悪いとは思わないのか?」
「思う。思ってるー。」
「まったく、心がこもってない。」
「こもってるよー。お仕置き終わりにしてよー。痛いもん。」
「やれやれ。」
お。やっと許される。
「ほら。」
ゆっくり膝から下ろされ、涙を指で拭いてくれる。
「週末くらいはどっかいけるし。機嫌直せ。な?」
「もう、直ってるもん。」
「はいはい。」
「仁がいなくなったら、耐えられない。だから、夏休みとか、そういう事、もう言わない。」
今度は首に手を回しても引き剥がされなかった。
「仁。」
「ん?」
「ダイスキ。」
「ん。」
一番好きな人の前では、一番可愛くありたい。
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